OjohmbonX

創作のブログです。

0-01-01から1年間の記事一覧

掛け値なしの嘘 (2)

待ち合わせ場所に万丈一久がやってきたのがもう十二時近くだったから昼食を先にとることにした。品川駅から出て万丈一久がどの店を見ても、もうちょっと他の店を見てから、一通り見てからにしよう、うーんイタリアンっていう気分じゃないんだよね、この店は…

掛け値なしの嘘 (1)

万丈一久は目を覚ました時、何かを炒める音を聞いた。熱いフライパンに細かく刻まれた瑞々しい野菜がその水分を一瞬で蒸発させて弾ける音を足元からまず聞いたのだった。それから、朝のニュースを流すテレビの音を聞いた。木のまな板に包丁の刃先が当たる律…

圧力と熱 (4)

目の前をぱらぱら何かが落ちていく。見上げれば父が母の隣で乾いた唇の皮をちょっとずつ剥がしては落としているのだった。一心不乱に剥がしている。母はぎょっとして父を止めるがやめない。 「ちょっとお父さんやめて」 まだ小学校に上がる前か、低学年だっ…

圧力と熱 (3)

終わったけれどこうして二階から母はまた七年経って私を見下ろしている。宣告を下そうとしている。口はすでに言葉のための形を形作っている。 「ああ、」 漏れた嘆息の後にゆっくり 「臭い、臭い」 と母は言った。長い長い細くて長い鈍く鉄色に光る針を一本…

圧力と熱 (2)

八日目、弁当のみならず通学カバンの中もひじきだらけになっていた。これが母の言う大丈夫かと思った。ついに同級生にもこの祝祭を知られた。この日は同級生が手分けして彼らの腹に収めてくれた。 九日目の放課後、私は仲の良い女友達に呼び出され連れられ音…

圧力と熱 (1)

玄関先でただいまと機械的に言うと、おかえりという声は上から降ってきた。妙に華やいだ父の声だったが表情はわからなかった。天井は高いほうが良いと父が造らせた家の、その天窓から傾いた日が金色に差し込んでいる。その日を背負って陰になった父は、吹き…

ポーラー・ロゥ (14)

「見学してますね」 一応そう断ると歯科医がほんの一瞬だけ手を止めて再び作業を続けた。ほとんど気のせいとも思える瞬間だったがかすかに遅れて弟がちらりと目を開いて私を見るとまた目を閉じた。私を認めたのは確からしい。けれど治療は変わらず進められた…

ポーラー・ロゥ (13)

まだ時間が早いから喫茶店に入った。ホットコーヒーと紐みたいなのをカウンターで受け取って、もちろんそれに見合った金銭も支払った上で席に着いた。ホットコーヒーを一口飲んでから私は紐を食べた。その店では誰もが紐のようなものを食べていた。そういう…

ポーラー・ロゥ (12)

男は、自分が正当な先頭だと隣の列に無理して割り込むか、この不条理を受け入れてすごすごと最後尾にまわるか、その与えられた二つの選択肢のうちの後者を選びとって私の後ろについた。憤慨と愉快が同時に突き上げてきて私を不快にさせる。一方で正しさを貫…

ポーラー・ロゥ (11)

周回、この軌道から抜けるなんて事が可能かはわからない。けれど自分がその輪に閉じ込められていることだけでもせめて弟に分からせてやりたいと私は思った。 「相手に何かを期待するなんて愚かなことよ。ただ、治療する、治療される、それだけで十分じゃない…

ポーラー・ロゥ (10)

わざと立てているとしか思えない派手な音を立てて弟は毎日家に入り込んできた。時間は決まっていない。食事どきでも明け方でも構わず現れた。郵便受けの口から剥したガムテープを丸めてその辺に捨てる。捨てようとして粘着剤が手にくっついて上手く捨てられ…

ポーラー・ロゥ (9)

誰とも言葉を交わさず、他人が吐いた言葉に傷つけられることも、自分の吐いた言葉に傷つけられることもない生活がこれほど楽だとは知らなかった。毎日無言で買った弁当を食べて、寝て、掃除や洗濯をして暮らす。何かを分かろうとしなければいけないわけでも…

ポーラー・ロゥ (8)

決定的だったのは私がノリノリで弟の部屋のドアを壊す映像のリンクが張られたことだった。YouTubeに載ったその盗撮映像は、しかも私自身がアップロードしたということにされた。確認のために私は二、三十回繰り返し再生したが、何度見ても面白い。世界中で話…

ポーラー・ロゥ (7)

それは町民を二分した。私は何も書き込まずにただ見ていただけだったけれど、女に加担して私を無根拠に非難する者と、女の発言には証拠がないと言って中立を保つ者とに瞬く間に分かれていった。黙っているという選択肢は町民に与えられていない。掲示板で話…

ポーラー・ロゥ (6)

「あたしのあの子は、少年と青年の狭間に取り残されているのよ」 とヴァンダーは私の弟を「あたしのあの子」と呼んだ。 「奇跡だと思う。薄いシャツを着れば、麻の、ああいう手触りのシャツを着れば、その向こうに肌があるってことが、シャツの丸襟から伸び…

ポーラー・ロゥ (5)

リビングのテーブルに向かい合わせに座る。改めて女の顔を眺めると、白い粉の吹いたまんじゅうの真ん中に顔の具材が集まり過ぎている。目はアイラインの黒さに紛れ込んでいまいちどこにあるのかわからない。パンダのようだと言えば聞こえはいいが、「パ」の…

ポーラー・ロゥ (4)

この家は死んだ父が設計した。開かれた家を目指す、家族の間を仕切ってはならない、プライバシーを尊重しつつ、けれど気配を感じるように、明確な部屋という概念は捨て、ドアは作らず、壁にはどこかしら透き間をあける。という思想でとても地震に弱そうなす…

ポーラー・ロゥ (3)

もう一度眠って次に目覚めれば偏頭痛と一緒に腹立ちと今の悪夢も消滅するはずだ。目覚めれば、無邪気に信じる愚かさは措くにしても経験上、少なくとも偏頭痛は消える。そうでなくても眠ればとにかくこの苦痛は免れる。しかし眠りは私を平気な顔して見放した…

ポーラー・ロゥ (2)

医療技術の素晴らしさもさることながら、歯医者へ通う頻度の高さが口臭のすみやかな解消を実現せしめた。弟はすうーと家を出て行く。いつの間にか歯医者へ行っているのである。弟の口内は一体どのように処置されたのかと、口の中を覗こうとすると弟は、姉さ…

ポーラー・ロゥ (1)

この白い壁、私は思うのだけれど、まるで滑らかな、ざらつきを触れも見えもしないほど滑らかで鏡のように光る表面よりかえって、かすかな凹凸をその表面に持つ壁の方がそのかすかな凹凸どもが作りだすほとんど認知できないくらいにささやかな陰影や、指が表…

長編

長いため分割して載せています。 [2011年03月] ポーラー・ロゥ [2011年09月] 圧力と熱 [2011年10月] 掛け値なしの嘘 [2012年03月] 他愛なく無用である [2013年03月] たっくんはいない ポーラー・ロゥ 歯医者好きの弟を監視する姉の話。 | pdf | | 01 | 0…